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『バガボンド』私の心にひびいたセリフ(31~37巻)

2017/ 06/ 16
                 
『バガボンド』、ついに最新刊37巻まできました。武蔵は流浪をやめ、土を耕しはじめます。“祈る”ことについて考えさせられました。武蔵たちは水田を作ろうと必死に土を耕し、水が張るよう祈ります。人間がやれるところまでやって、あとはもう天に任せるしかない。そういう時になって初めて出てくるのが祈りなんだなあ。最近は神社やお寺に行って「こうなってほしい」と安易に祈るのがためられわるようになりました。


ブログ“隠居系男子”の“井上雄彦『バガボンド』36巻「耕す」ということ。”に書かれていますが↓
“バガボンドのスゴいところは、現代の人々のそれぞれが置かれている状況に重ね合わせて読むことができるということでしょう。決して、他人ごととして読むことが出来ない漫画です。”


私は武士でもないし、天下無双を目指してもいないのですが(目指してたらスゴいけど)座禅瞑想に取り組んで、イライラや不安を手放せない自分と、武蔵が天下無双という言葉にとらわれ、道に迷い、言葉を超えていくところに、すごく自分を重ねたりします(いや、ぜんぜん武蔵の域に達していませんが)。そして、どこかに何かを求めるのではなく、今ここに全てがあることを教えてくれます。


37巻の表紙、好きです。作者の井上さんに似てませんか?ずっとゲオで借りていたのですが34巻から37巻は買ってしまいました。

バガボンド表紙


今回は好きなセリフが多すぎて、10個以上になってしまいました(これでも厳選したのですが)


31巻より  お杉おばば(本位田又八の母)
「よう言うた又八 弱い者は己を弱いとは言わん おぬしはもう弱い者じゃない 強くあろうとする者 もう一歩めを踏み出したよ」
自分は嘘つきで空っぽだと泣く又八に、死期が近づいたお杉おばばが、かけた言葉。


32巻より  宮本武蔵
「体を使えと……もらったこの体を使って知れと……何を? その前のもともとの俺をーー体がそういうものだとしたら 俺だけじゃなくてこの世のもんすべてが それを知るためにあって いやものだけじゃなくて人も 出会う人も 父も母も すべてそのために出会うのなら……ほんとは誰も恨まなくていいーーそういうことなのか……?」
幼い頃、自分が体から離れて自分を見るような感じになった時、武蔵が感じていたこと。


32巻より  宮本武蔵
「さあどこへ行こう? いやこれ以上流浪する必要などあるのか? 何を探しに行くというんだ? 今を差し置いて この瞬間という無限の空間をーー言葉にするなよ その途端にもう遅れてら 今といいつつ 今にいねえじゃねいか おっさん穴に帰りてえ いや それすらもすぐにただの言葉 帰りたきゃ帰りゃいい いつでも帰れる 今ここで 動け 揺さぶれ 言葉を振り切れ 今のど真ん中にいるために」
“天下無双”がただの言葉だと分かった武蔵。行きたかったのはそこではなかった。


32巻より  伊藤一刀斎
「剣に生きると決めたなら 正しいかどうかなどどうだっていい 感じるべきは 楽しいかどうかだ」
深いセリフだなーと思いました。正しいに捉われてしまいがちだけど、それは誰の正しいなのか、その正しいは本当に正しいのか。自分が思った正しいでさえ、いつのまにか正しくないんじゃない?にスルっと変わってしまうことがある。変わるものを足場にすると痛い目を見る。楽しいは変わらない、その瞬間楽しいと思ったことは、どれだけ時が経っても楽しくなかったに変わることはない。


34巻より  宮本武蔵
「笑うか 俺を いや 笑うのは人 恐れるのは自分 天は笑いはしない ただ微笑んで 眺めている」
無理だと笑われながら、伊織の家の前を田んぼにしようと耕しては雨に流される日々


35巻より  宮本武蔵
「急な勾配 狭い川幅 早く鋭い流れ 地形によって 外からの力によって 水のありようは完全に決められ 水自身はただそれに従っている 外からの力によってーーありようは完全に決められ それでも水は水 どこまでも水 完全に自由ーー沢庵坊よう あんたの言っていたのはこれか!!」
29巻の沢庵の言葉「それ(天)によると わしの お前の生きる道は これまでもこれから先も 天によって完璧に決まっていて それが故にーー完全に自由だ」の意味がやっとつかめた武蔵


35巻より 宮本武蔵
「この木はこの木であることを あの木はあの木であることを 俺は俺であることを ただまっとう 内側には無限ーー空っぽで全部ある」「感じ続ける 体を流れる何かを感じ続ける ただ準備しろ 滞らせないために そして次の またその次の準備 何も邪魔するな そのままーー」



35巻より 宮本武蔵
「強くありたい 強くなりたいでなく 強くありたい 「天下無双」がどこかにいると思って倒しに行く そんな旅はやめた どこへも行かなくていい ここにいる」
武蔵を小倉細川藩の剣術指南に迎えたいという長岡佐渡への返答


36巻より  伊織
「強くなろうとあがく者が一人でもいると 何もしない自分がみじめだもんな みんな同じなら見えないのに異質なものがいると浮かび上がってしまう 自分のみじめさが だから追い出そうとして それができないと分かると 嘲笑い下に見て線引きして隔てる それでまたじぶんを見ずにすむ」



36巻より 
「…か…神様は見てる… …ひ…ひとに…やさしくしたこと ひとを…たすけたこと…おまえの…孤独すら」
村人と交わらず、ずっと1人で田を耕してきた秀作さんに村のおじいさんがかけた最期の言葉


36巻より  宮本武蔵
武蔵「どこであれ それがいつであれ 死ぬことは決められている」
武蔵の頭の中の沢庵「そう そして?」
武蔵「残された時間がある どうあるかは自由」
武蔵の頭の中の沢庵「どうありたいのだ?」
武蔵「強くーー俺が俺らしくーー手足がなくても 残るはず それは 俺は 何だ」
以前仏師の妻に言われた言葉「やさしいんだよ あんたは」



37巻より 村人
「自分の手で変えないと何も変わらない …たとえば決められた運命でも… 自分の手で何かを変えようとしていい 武蔵を見てそう気づいた」
貧しい村に暮らし、耕しても田んぼにならない土地だと諦めていた村人が、ひたすら耕し続ける武蔵を見て変わっていった

37巻  武蔵と村人
村人「もっと習っとくんだった 米作りのこと もっといろいろ 教えてもらえばよかった」
武蔵「俺に訊くなとーー」
村人「え? 秀作さんが? じゃあ誰に? 誰に訊けばいいんだ…」
武蔵(秀作さん)「土に 木に 草に 稲に 虫に 何にでも」



井上雄彦さん(「プロフェッショナル 仕事の流儀」より)
「自分の内側を掘ったら、広い普遍っていうスペースがあるんじゃないかって気がしてるんですけどね」

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