京都のおじさんと広東のおじさん

2018/ 03/ 31
                 
アジャン・ニャーナラトー師の通いのリトリートは京都の梅小路公園の緑の館というところで行われたのですが、会場となった部屋の前に緑に関する問い合わせを受け付ける窓口がありました。1日目の最後の瞑想中、突然、年配の男性の声が響き渡りました。どうやら緑の問い合わせ窓口に質問に来られたらしい。


「ここはええお庭ですな」といった感じの話から入り、園内に流れている小川の水源のことや花のこと紅葉のこと、ひとしきり話していかれました。それは知りたいというより、おしゃべりするのが楽しくてしょうがないという感じの話し方。しゃべること自体を楽しむ態度に、九州の男性とは違うものを感じました。


翌日、ゲストハウスで教えられたパン屋さんに朝食を食べに行くと、1人で来ているおじさんの多いこと。隣の席の顔見知りと話しているおじさん、文庫本を2冊持って喫煙室に入って行くおじさん、新聞を読みふけっているおじさん。地元の福岡でモーニングを食べても、こんな光景には出くわしません。ふと中国の広東省を思い出しました。


広東省や香港には早茶(ザオチャ)という習慣があり、朝からお茶を飲み、点心を食べながら、ゆっくりおしゃべりする文化があります。香港の街中には、あちこちに茶餐庁という軽食のお店があって、朝からおじさんたちが集っては大きな声でおしゃべりしています。家賃が高く、けっして住みやすいとは言えない香港。でも平均寿命は世界一なのです。夢やら目的やら成果やら、そんなものばかり求められるし、求めてしまう世の中で、なんの目的もなく、ただ楽しむためのおしゃべりに興じる。それが長生きの秘訣なのかな。京都でおしゃべりに興じるおじさんたちを見て、広東のおじさんたちを思い出し懐かしくなりました。


↓モーニングを食べたSIZUYAの究極のぶどうパンセット
究極のぶどうパンセット

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